Q&A
死刑についてまず何から考えればいいの?
死刑というと、どうしても犯罪や刑罰から考えてしまうけれど、まず私たち自身がどんな社会に住みたいと思うのか、 次の世代の子供たちにどんな社会を残してあげたいか、ということから考えてみようか。
えっ?どうして?
死刑について考えるのに、社会のことを考えるの?
死刑について考えるのに、社会のことを考えるの?
残虐な社会や、暴力が暴力を生むような社会は誰だっていやだよね。
死刑というのは、「冷酷な殺人を正義として合法化する」つまり、結局は国家の名前で殺人を行うことになるんだよ。
死刑があることによって、被害者は、合法的な最高刑として死刑を望むようになってしまうし、周りの人も、被害者とともに死刑を望むようになるかもしれない。
多くの人が死刑を望むことが、私たちの住む社会を野蛮にしてしまうかもしれないんだ。
死刑というのは、「冷酷な殺人を正義として合法化する」つまり、結局は国家の名前で殺人を行うことになるんだよ。
死刑があることによって、被害者は、合法的な最高刑として死刑を望むようになってしまうし、周りの人も、被害者とともに死刑を望むようになるかもしれない。
多くの人が死刑を望むことが、私たちの住む社会を野蛮にしてしまうかもしれないんだ。
そうね。みんなが死刑を望む社会は少し寂しいよね。
私もどんな社会に住みたいか、しっかり考えてみる!
私もどんな社会に住みたいか、しっかり考えてみる!
国を治める王様がいて、私たちが治められているのであれば(これを君主制と言います)、王様が死刑制度について決めてくれますが、 日本は治める側と治められる側が同じですので(これを民主制と言います)、私たち自らが、死刑制度についても決めることになります。
その場合、私たち自身や、子供たち、孫たちがどんな社会に住みたいと思うのかを考えなければなりません。
ヨーロッパは、残虐な犯罪が起こった場合、被害者に対して手厚い支援をし、 加害者に対しても、厳しく罰するものの死刑を廃止しています。(例えばイギリスにはすごく多くの終身受刑者がいます)
ヨーロッパ評議会人権理事会発行の「死は正義ではない」と題するブックレットには、「死刑と民主主義」と題して、次のように書いてあります。
「死刑はしばしば他の社会問題や社会的背景からと切り離された別の問題として議論され、独立して評価される。これは間違った方向に導きかねない。
死刑を廃止するか維持するかの選択はまた、私たちが住みたいと願う社会の種類とその社会を支えている価値の選択でもある。
死刑の廃止は人権、民主主義、法の支配の理念によって特徴づけられる一まとまりの価値の一部である。」
「死刑を支持する国は、殺人や他の残忍な方法が社会の諸問題を解決するのに受け入れられる手段であるというメッセージを送っている。
それは冷血で計画的な殺人を正義として合法化する。そうすることによって、社会における人間的かつ市民的な関係とそこに住む人々の尊厳を傷つけている。」
これが死刑を考えるときの、最も重要な視点だと思います。★日弁連「死刑を考える」ホームページ
「国際社会から日本は何を求められているのでしょうか-日本の死刑に厳しい非難」