本当に日本には死刑は必要なの?

日本弁護士連合会の死刑廃止を目指す活動について 平成29年6月30日 法律新聞第2196号

りす

日本弁護士連合会の死刑廃止を目指す活動について

弁護士小川原優之

 

1 はじめに

  日本弁護士連合会(日弁連)は、2016年10月7日福井で開催された第59回人権擁護大会において「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」(以下「福井宣言」といいます。)を採択しました。またこの福井宣言を受け、日弁連は、これまで日弁連に設置されていた死刑廃止検討委員会を組織変更し、2017年6月、中本和洋日弁連会長を本部長とし、全国の弁護士会から委員を選出した総勢200名以上にのぼる「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」(以下「死刑廃止等実現本部」といいます。)を設置し、死刑廃止を目指す活動を行うことになりました。

  福井宣言は、死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求めるものなのですが、死刑制度とその代替刑について、次のように述べています。

①日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであること。

② 死刑を廃止するに際して、死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討すること。代替刑としては、刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」、あるいは、現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し、仮釈放の開始期間を20年、25年等に延ばす「重無期刑制度」の導入を検討すること。ただし、終身刑を導入する場合も、時間の経過によって本人の更生が進んだときには、裁判所等の新たな判断による「無期刑への減刑」や恩赦等の適用による「刑の変更」を可能とする制度設計が検討されるべきであること。

  私はこれまで福井宣言や死刑廃止等実現本部の設置にかかわってきましたので、意見にわたる部分は私見ですが、 私の理解している範囲で、日弁連の死刑廃止を目指す活動についてご説明したいと思います。

 

2  福井宣言に至る日弁連の活動

 日弁連は、2004年10月8日に宮崎で開催された第47回人権擁護大会で、「死刑執行停止法の制定、死刑制度に関する情報の公開及び死刑問題調査会の設置を求める決議」(以下「宮崎決議」といいます。)を採択しました。

 これは、死刑存置、死刑廃止いずれの立場に立ったとしても、日本においては数多くの冤罪の問題があることなどを考えると、現在の日本の「死刑に関する刑事司法制度の制度上・運用上の問題点について抜本的な改善がなされない限り、少なくとも死刑の執行はもはや許されない状況にある。」としたものです。

 その後、2011年10月7日に高松で開催された第54回人権擁護大会において、「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」(以下「高松宣言」といいます。)を採択しました。

 これは、「死刑のない社会が望ましいことを見据えて、死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始することを呼びかける必要がある。」としたものです。理念としては、「死刑のない社会が望ましい」と、死刑廃止への価値判断をしました。ただ死刑制度の廃止については、代替刑の検討など、まだ検討すべき課題が残されていることから、「死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始することを呼びかける必要がある。」としたものです。

 今回の福井宣言は、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」であり、高松宣言における理念としての「死刑のない社会が望ましい」ことを一歩進めて、刑罰制度全体を改革する中で、死刑制度とその代替刑についても検討し、「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきである」としたものです。

 したがって、福井宣言は、これまでの日弁連の人権擁護大会における宮崎決議や高松宣言を踏まえたものなのです。

 

3 死刑のない社会が望ましい理由 人権を尊重する民主主義社会の課題

 高松宣言は、

①死刑がかけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であることに加え、

②罪を犯した人の更生と社会復帰の観点から見たとき、死刑が更生し社会復帰する可能性を完全に奪うという問題点を内包していることや、

③裁判は常に誤判の危険を孕んでおり、死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつかないこと等を理由として、「死刑のない社会が望ましい」と述べています。

 そして福井宣言は、その理由の中で、「人権を尊重する民主主義社会であろうとする我々の社会においては、犯罪被害者・遺族に対する十分な支援を行うとともに、死刑制度を含む刑罰制度全体を見直す必要があるのである。」と述べています。

日本における犯罪被害者支援策は不十分なままですが、ヨーロッパの諸国は、犯罪被害者を手厚く支援し、かつ死刑を廃止しています。日本国憲法の基本原理は、基本的人権の尊重と民主主義であり、日本はこの価値観をヨーロッパの諸国と共通にしているのですから、 日本の課題として、被害者・遺族に対する十分な支援と死刑のない社会への取組はいずれも実現しなければならない重要な課題であると思います。

 

4 基本的人権の擁護を使命とする弁護士及び弁護士会の課題

(1)福井宣言については、強制加入団体である弁護士会として、死刑制度を廃止すべきであるとの宣言を行うことは、会員の思想・良心の自由に対する重大な侵害となり得るのではないかとの意見が出されました。

 死刑廃止等実現本部の予算をめぐって、先日開催された日弁連総会においても、同様の意見が出されました。

  しかし、私は、そのようなことはないと思います。

   弁護士法1条は「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と定めています。そして、その弁護士の監督などにあたる日弁連が団体として基本的人権を擁護し、法律制度の改善のために、宣言を行うことは、当然できると思います。その決議内容が個々の会員の意見と一致していないとしても、宣言によって個々の会員が宣言に反対する意見表明ができなくなるわけではないのです。

 この点については、既に判例があります。日弁連が、ある法案について、国会提出に反対する決議をしたところ、日弁連の決議に反対する会員が日弁連を訴えたのです。原告とは、訴えを起こした会員であり、被告とは日弁連のことです。

 「被告において、本件法律案の国会提出に反対するという団体としての一定の意見を表明する決議がされたからといって、当然に会員個々人がすべて右意見を遵守し、これと異なる意見を表明し活動することができなくなるという趣旨ないし効力までを有すると解することはできないというべきであるし、・・・これまで本件総会決議を遵守しないことを理由として会員に対し懲戒が問礙されたこともなかったこと、被告は、本件訴訟において、本件総会決議は会員個人の活動や意見を拘束するものではない旨を述べていること、また、平成二年三月二日改正された弁護士倫理の規定には、会員の遵守すべき対象として「決議」が掲げられていないことが認められるのであって、懲戒のおそれをいう原告らの右主張は失当である。」、「結局、本件においては、被告が本件反対運動のために原告らに対して特別の費用負担を命じているわけではなく、一般会費による被告の運営費の中から予算に基づいて右運動のための費用を賄っているとしても(自分たちが拠出した会費が、このような費用として使用されることに対する不満ないし不快の気持は別として)、このことから原告らの拠出と右運動との間に具体的、個別的な関連性が存在しているということはできず、原告らが当然に右運動ないしそのよって立つ意見、立場等を支持し、これに協力していると評価される余地はないのである。したがって、被告が、一方で一般会費として原告らに資金拠出を強制し、他方で会財政から費用を支出して本件反対運動を行っているからといって、原告らに対し、その意に反して右運動のよって立つ意見、立場等についての支持の表明を強制しているに等しいということはできず、原告らの思想、良心の自由を侵害することになるものではないと解するのが相当である。」(東京地裁平成4年1月30日判決(判時1430号108頁、平成4年12月21日東京高裁判決で控訴棄却))。

(2)会内の意思形成が、不十分ではないかとの意見も出されました。

  しかし、人権擁護大会における宣言は、日弁連内の宣言案を提案する委員会、関連する委員会、人権擁護大会運営委員会、正副会長会、理事会、人権擁護大会と慎重な会内意思決定手続を経て決議するものです。多くの会員が意見を述べ、賛否両論をたたかわせ討議を重ねた上で、決議するものです。私は、宮崎決議も高松宣言も福井宣言も、いずれも弁護士会内の民主的な意思形成手続を経て決議されたものであると思います。

 ただ会内には、死刑に賛成する会員が少なからずいることは明らかであり、今後も、これらの会員の理解を求め、意見を聞きながら、日弁連としての活動を進める必要があると思います。

 

5  2020年までに死刑制度の廃止を目指す

(1)2020年、日本で、国連犯罪防止刑事司法会議(コングレス)が開催されます。コングレスは、犯罪防止及び刑事司法の分野における最大の国際会議で、1955年以来5年ごとに開催されており、司法大臣や検事総長を含む国連加盟国の政府代表に加え、国際機関、地域機関、NGO、研究機関等から参加があります(5000人規模)。日本での開催は、1970年の第4回コングレス以来50年ぶりとなり、開催国である日本の刑事司法制度にも注目が集まります。

 そのような中で、現在、法制審議会(法務省に設置されており、法務大臣の諮問に応じて、民法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議する審議会)に、「少年法における少年の年齢及び犯罪者処遇を充実させる刑事法の整備に関する諮問」がなされ、報道によれば、議論される内容は、少年法の保護年齢引下げにとどまらず、「刑務作業を義務としている懲役刑の代わりとして、再犯防止を主眼とする新たな刑罰の創設が法制審議会で2月以降、議論される見通しとなった。作業義務のない禁錮刑と一元化」(読売新聞2017年1月16日)であるとのことです。

  これは刑罰制度全体の改革につながる重要な法制審議会であると考えられます。私は、法務省は、コングレスの開催を意識しているのではないかと思います。いま「刑事政策の熱い時代」を迎えているのだと思います。

 私は、刑の一元化の議論には、現在の事実上終身刑化している無期懲役刑のあり方についての検討も含まれるべきであると思います。また、法制審議会の諮問事項に含まれてはいませんが、議論の過程で、死刑制度の存廃についての議論もなされるべきであると思います。

(2)そして2020年には、日本でオリンピックが開催され、その意味でも、日本の死刑制度が世界の注目を集めることになります。

 2016年12月末現在、死刑を廃止又は停止している国は141か国にのぼり、全世界の3分の2以上となっています。いわゆる先進国グループであるOECD加盟国(34か国)の中で死刑制度を存置しているのは、日本・韓国・アメリカ合衆国の3か国のみですが、韓国は19年以上にわたり死刑の執行を停止し、事実上の死刑廃止国となっており、アメリカ合衆国は、アムネスティ・インターナショナルによると、50州のうち19州が死刑を廃止し,死刑の執行を停止している州も多く、2016年に死刑を執行した州は5州だけです。OECD加盟国のうち、国家として統一して死刑を執行している国は、日本だけなのです。

 また日本は、国際人権(自由権)規約委員会及び国連拷問禁止委員会から死刑廃止についての勧告を受け続けています。2016年12月、国連総会本会議は、死刑存置国に対し死刑執行停止を求める6度目の決議を国連加盟国193か国のうち、117か国の賛成により採択しました。

死刑廃止を加盟条件としているEU(欧州連合)は、世界のあらゆる国で死刑が廃止されることを目指して様々な活動を行っており、この活動は特に「EUと多くの価値を共有する民主国家」であるアメリカと日本に向けられています。

 平和の祭典であるオリンピックの開催国である日本に、国際社会から多くの批判を受けている死刑制度があることは、開催国としてふさわしいのでしょうか。

(3)このように2020年が1つの目途となっており、日弁連は、福井宣言を採択し、死刑廃止等実現本部を設置しました。しかし勿論のこと、弁護士会だけで死刑制度を廃止することはできません。弁護士会外の諸団体との連携、国会議員及び政府関係諸機関への働きかけ、死刑廃止へ向けた広報活動など様々な課題があります。

日弁連の死刑廃止を目指す活動について、多くの皆さんの理解と協力を求める次第です。

以上

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