本当に日本には死刑は必要なの?
世論調査の結果と民主的リーダーシップ 千葉法務大臣は世論調査の結果にかかわらず死刑の執行を停止すべき
1 平成21年12月に実施された内閣府の「基本的法制度に関する世論調査」の結果,死刑存置が85.6%と過去最高を記録したとされていることから,千葉景子法相は2月9日の閣議後の記者会見で,「国民の大きな意思は十分尊重しないといけない」との感想を述べたと報道されています。
しかし私は,この世論調査の結果に従い,死刑制度を存置し,死刑を執行することには大反対です。千葉法務大臣は,世論調査の結果にかかわらず,民主的なリーダーシップを発揮し,死刑の執行を停止すべきなのです。
2 アジア諸国における死刑と世論
ハワイ大学デイビッド・ジョンソン教授の調査によれば,「アジア諸国における死刑と世論」の関係は次の通りです(「グローバル化する厳罰化とポピュリズム」現代人文社所収の「国際社会から見た日本の刑罰」77頁)。
・日本(2005) 死刑支持率 81% 執行の程度 中程度(1993年から2007年の間は1年あたり平均 4名)
・韓国(1999) 66% 低程度(1997年以降執行なし)
・香港(1989) 68% 低程度(1993年に制度廃止)
・フィリピン(1999) 80% 低程度(2006年に制度廃止)
・台湾(2001) 80% 低程度(2006年から2007年の間に執行なし)
・タイ(2005) 84% 低程度(最近20年間において12年間執行なし)
・シンガポール(2006) 96% 高程度(1993年から2007年の間は1年あたりの平均28名)
・中国(2008) 58% 高程度(最近は1年に6000人から15000人)
この調査は2007年までの資料に基づくもののようですから,2010年現在とは多少異なるとは思いますが,世論による死刑支持率80%のフィリピンが死刑を廃止し,同様に80%の台湾が死刑の執行を停止しています(2010年現在,約4年間死刑の執行を停止しています)。また死刑支持率が68%の香港が死刑を廃止し,66%の韓国が死刑の執行を停止しています(2010年現在,韓国は10年以上死刑の執行を停止し事実上の死刑廃止国となっています)。他方,死刑支持率の低い中国は甚だしい数の死刑を執行しています。
この調査結果からもわかるように,死刑の執行停止・廃止は,世論による死刑支持率によるものではなく,民主的な政治家のリーダーシップによるものなのです。
3 「基本的法制度に関する世論調査」の問題点
この調査では,「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」と答えた者の割合が5.7%,「場合によっては死刑もやむを得ない」と答えた者の割合が85.6%となっています。しかし、この世論調査は誤った情報が前提となっています。
死刑存置の理由として、「死刑を廃止すれば,凶悪な犯罪が増える」を挙げた者の割合が51.5%と高くなっていますが、これは凶悪犯罪は増え続けている、死刑にはそれを抑止する力がある、ゆえに死刑の廃止は凶悪犯罪のさらなる増加につながる、という誤った情報が前提となっています。しかし実際には、殺人などの凶悪犯罪は増えていませんし(殺人事件は、平成16年から平成19年まで4年連続して減少し、平成20年に多少増加したものの、平成21年は200件も減り戦後最少となっています)、また死刑に他の刑罰と比べて特に強い抑止力があるとは全く証明されていません(殺人事件の減少は、死刑執行の有無や、数の増減とはまったく関係なく、一貫したものです)。
また日本では、死刑が執行された際、犯罪事実など限られた情報が公開されるだけで、何故、今回この人が執行されたのかとか(えん罪の疑いの強い死刑確定者が平成20年に執行されていますが、どのような基準で選ばれたのか全く明らかにされていません)、執行の手続きや方法についての具体的な情報は隠されたままです(絞首刑は、その方法によっては首が切断される危険があり残虐な刑罰にあたると指摘されていますが、情報が欠如しているため検証することができません)。これらの情報が公開されていないため、死刑をめぐる議論は抽象的なものとなりがちです。
具体的な情報を公開し、世論調査の設問に、「えん罪により死刑が執行されるおそれがあっても死刑制度を残すべきか」とか、死刑の代替刑についても質問し、「終身刑を創設しても死刑制度を残すべきか」と問えば、死刑懐疑派ないしは死刑廃止派の数は相当に増えると思います。 もともとこの調査は,「死刑制度に対する意識」の調査とされており,「意識」調査なだけに,マスコミの報道による影響を受けやすいばかりか,設問の設けかたや,予め与える情報によって,結果は相当に異なるものであって,この調査結果を死刑存置の理由として用いるべきではないのです。
4 死刑は廃止されることが望ましい
「森のおひさま教室」で繰り返し述べているように死刑は止されることが望ましいのであって,ジョンソン教授によれば,「ヨーロッパ地域等と同様にアジア地域でもーどれだけの執行がなされるか,より根本的に言えばそもそも死刑は存続するかーを決定したのは,世論や大衆の要求ではなく,政治指導者たちである。」(76頁)。
ですから冒頭で述べたように,千葉法務大臣は,世論調査の結果にかかわらず,民主的なリーダーシップを発揮し,死刑の執行を停止すべきなのです。